北海道ホテルだけでなく、十勝全体をサウナの聖地化
――北海道ホテルはサウナで全国的に有名な宿泊施設になったと聞きました。
林 サウナを本格的に始めたのは2019年ですが、2020年11月に「サウナシュラン」というランキングで9位に取り上げられました。それとほぼ同時にサウナブームが来たので、サウナ目当てのお客さんが増えたんです。特に、若いカップルや男性のグループ、女性一人のお客さんなど、これまでとは異なる客層が増えてきました。
――サウナ目当てのお客さんもが増えたと
林 サウナはアドレナリンとドーパミンが出ることで、達成感があります。フライフィッシングや乗馬、ハンティングなどの貴族の遊びと同じように、難しいけれど達成感があるのが魅力です。サウナに来て「ここで初めて“ととのい”ました」と言ってくれるお客さんが増え、それがリピーターになっています。
――十勝の観光業では、冬場の観光客が減るという課題がありましたがサウナで克服できたわけですね
林 ある意味そうです。リピーター率が高く、コロナ期間中の2021年も年間平均して90%の稼働率を維持できました。若い人たちが十勝を選んでくれるようになったのは嬉しいことです。
十勝サウナ協議会が発足!
――十勝や帯広では銭湯もモール温泉だと聞きましたが、温泉とサウナのふたつで好影響を及ぼしていると?
林 まさにです。帯広には北海道の周辺都市(旭川や釧路)と比較して、駅周辺だけでも倍くらいの入浴施設があるんです。もともと世界的に珍しい植物由来のモール温泉が多く、銭湯も温泉なんですね。サウナで有名になったことで、温泉の価値にも改めて気づかされました。「帯広温泉郷」というブランドができ、人気投票で女子旅部門の3位に入るなど、温泉の魅力も高まっています。
――十勝川温泉との相乗効果も期待できますか?
林 はい。競業だったのが協業に変わっていったことが重要なんです。フィンランドのサウナ設備を見て、十勝でも同じようにサウナツアーを企画しました。これが「十勝サウナ協議会」の始まりで、地域全体でフィンランド式サウナを取り入れることで、十勝全体がサウナの聖地となりました。
画一化していく国内ホテルからの脱却
――2019年にサウナを始めてから、短期間で十勝全体に広がったのですね
林 2019年に実験的にサウナを導入したときは、どのくらい投資がかかるかわからなかったのですが、確か200万円くらいの改修からはじめました。その結果、売り上げが6倍ほどになったんです。その後、当社の実績を「このくらいの投資でこれだけの効果がある」と地域のみんなに伝えることで、共感した他のホテルでもフィンランド式サウナを導入していきました。それが「十勝サウナ協議会」発足へと身を結んだんです。
――サウナ導入後、稼働率や客単価はどう変わりましたか?
林 稼働率だけでなく、単価も大幅に上がりました。コロナ前のADR(客室平均価格)は約1万円強でしたが、サウナ効果でカップルや家族、友人同士での宿泊が増え、現在は1万7~8千円になっています。その結果、季節を問わず宿泊の売り上げが安定しました。
――インバウンドの影響についてはどうでしょうか?
林 十勝にはまだ弱い部分もありますが、インバウンドが増えることで確実に売上が高まることが予想されます。海外旅行は家族や友人と行くことが多く、複数人で一部屋を利用してくれることが多いことや、円安の影響もあり、単価が高くても海外から見れば安いという利点がありますからね。
地方のホテルでもミシュランを狙える!
――国内ホテルの現状についてどう感じていますか?
林 現在、国内のホテルは外資系が多く、経営と不動産を分けるのが一般的です。これにより、経営資源を人材育成や効率化に集中できます。一方、日本のホテル産業は不動産と経営が一体化しているため、考えるべきことが多く、人材育成や投資の水準が低いです。
――就任後の戦略について教えてください
林 社長に就任してすぐに、「天ぷら・寿司でミシュランを目指す」と宣言。当時、天ぷらの月の売上は約90万円で、昼夜営業を続けていました。これでは新しい職人が来ず、現在の職人も忙しすぎるため、昼の営業をやめて夜に専念しました。客単価を昼は約2,000円、夜は5~6,000円から夜一本にして14,000円に引き上げ、週2日の休みを増やしました。結果、売上を維持しながら労働時間を改善できたんです。
――ミシュランへの挑戦について具体的に教えてください
林 天ぷらに力を入れることをFacebookで発信したところ、「OAD Top Restaurants」で6年連続レビュアーランキング1位を獲得したフーディーの方と知り合いました。その方の紹介で、ミシュラン目指すお店に職人と訪れ、一人7万円の食事を体験しました。これが大きな刺激となり、「これでいこう」と決意しました。今では「蝦夷天ぷら 鶴来」という名前で、ボタンエビのみを提供し、固定観念を打破しています。
――ホテル業界の課題についてどう考えていますか?
林 ホテル業界には固定観念が残りすぎなんです。人材育成や投資をあまりしてこなかったため、どこに行っても同じようなサービスが提供されてきます。鉄板焼きなど、前菜、野菜、魚、肉、ガーリックライスといった定番のコースが繰り返されることが多いです。これではクリエイティブは生まれず、コピーに過ぎません。そこを打破し、独自性を追求することで着実に成功しています。
――地方のホテル業界に向けて、どのようなアドバイスがありますか?
林 偉そうなことは家ませんが、戦略とマネジメントに力を入れれば、地方のホテルでもミシュランを目指すことができると信じています。国内のホテルでミシュランを取っているのは東京ぐらいですが、地方も目指さないといけません。目指すためには戦略が必要で、ホテル業界は一度ちゃんとマネジメントや人材育成戦略に取り組むべきです。総合ホテルは地方からほぼ消え、宿泊特化型が増えていますが、地域の良さや面白さが失われています。本当にいいホテルなら、1日ホテルから出なくてもいいはずです。
個人としてだけでなく「組織としての」人材育成の徹底
――社長就任から8年経ちましたが、現在の北海道ホテルは林さんの理想とするビジョンにどのくらい近づいていますか?
林 まだまだ理想には達していません。就任して最初に手を付けたのはショップでした。当時、売上が6,000万円台まで落ち込み、スタッフも多く辞めていました。ホテル業界の平均退職率は30~40%で、10人の新入社員が入社しても3年後には1人残るかどうかという状況でした。現在の退職率は6~7%ですが、当時は業界平均と同じくらいです。辞める理由の一番は上司との関係、次に組織のマネジメント力の不足でした。
――具体的にどのような改革を行ったのですか?
林 まず、情報共有の方法や組織体制を見直しました。東京から仕入れていた商品を地域のものに切り替え、ここでしか買えない商品を中心に取り扱うようにしました。その結果、売上が回復し、スタッフも辞めなくなりました。さらに、全部署で3ヶ月に1回戦略会議を行い、毎年1月2日に、私からその年の戦略方針を全員に伝えます。それを基に各部署が戦略を立て、3ヶ月ごとにアップデートしていくんです。全員が生産的になることで、ホテル全体の利益がボーナスに繋がり、顧客のために働くことが自分に返ってくるという意識を持つようになったわけです。
組織の安定が個人の成長に影響し、個人が成長しなければ組織も成長しません
――新しい取り組みを始めると、反発や混乱もあると思いますが、その点はいかがでしたか?
林 初めはみんな疑問を持っていたと思いますよ。それでも、個々の性格判断をしっかりと行い、タイプに合わせた仕事の教え方や割り振りを行いました。攻めるタイプか守るタイプか、個人で攻めるタイプなのか団体で攻めるタイプなのかなどを見極め、組織運営を行いました。その結果、チームや組織がうまく機能し始め、社内の雰囲気が良くなり、人間関係の摩擦も減りました。
――組織としての人材育成が重要だと感じているのですね。
林 組織の安定が個人の成長に影響し、個人が成長しなければ組織も成長しません。これは両輪の関係です。日本では個人の成長ばかりに注目しがちですが、実は組織としての成長が重要です。個人は能力が高いほど辞めやすいですが、組織が成長していれば優秀な人が辞めても影響が少なくなります。現在の北海道ホテルは、その点で成功していると思います。
――洋食部門の改革について教えてください。
林 洋食部門の改革は難しいのですが、攻めるタイプと守るタイプの違いを理解し、改善に取り組んでいます。攻めるタイプはすぐに改善できますが、守るタイプは安定を求めるため、時間がかかります。しかし、そうしたタイプは辞めにくい傾向があります。
――モチベーションが低い人をどのように変えていこうとしていますか?
林 モチベーションが低い人と高い人をミックスして成長させることが重要です。料理人だけでなく、サービスや広報も一緒に視察に行かせるようにし、全体に情報共有することでモチベーションを高めています。モチベーション=情報共有と考え、プロジェクトを組み、視察後に試食会を開き、クリエイティブなアイデアを出し合うようにしています。コピーしてクリエイティブにすることで、独自性を追求しています。
企業全体の「タイプ」を見極めたマネジメントが必要なのではないか
――林社長はもともと十勝毎日新聞社にいらっしゃったと聞いています。その経験が現在の組織運営にどのように活かされているのでしょうか?
林 確かに新聞社には長くいましたが、メディア業界のやり方をそのままホテル業界に当てはめることはできません。新聞社は攻めるタイプの強い人たちが多く集まる会社です。一方、北海道ホテルはクレーム産業なので、比較的、大人しく守るタイプの人たちが多いです。その違いに気づけたのは、新聞社での経験があったからこそです。両方のタイプの企業にいたことで、どのようにマネジメントすべきかが見えてきました。
攻めるタイプと守るタイプの見極めてと配置が重要
――企業にも攻めるタイプと守るタイプがあるのですね。それぞれのマネジメント方法はどう違うのでしょうか?
林 攻めるタイプの企業はトップダウンで進めることが多いですが、守るタイプの企業ではそれがうまくいきません。実績を上げられる人とそうでない人を比較するのではなく、それぞれのタイプに合わせたマネジメントが必要です。北海道ホテルでは組織として成長しているので、意思決定能力が高く、失敗も減ってきています。各自が意見を言い合い、建設的な反対意見も増えてきました。
――現在、林社長はどのような役割を担っているのでしょうか?
林 私は講演や出張で外にいることが多いです。VIP顧客対応やフライフィッシング、ハンティングのガイドもしています。こうした対応は他のスタッフでは難しいので、自分が率先して行い、顧客との関係を築いています。これも一つの顧客創造の方法です。個の部分も重要で、それぞれが最大限の強みを発揮することを大切にしています。「貴族の遊び」を徹底し、世界中のVIPが北海道ホテルに集まる枠組みを作っていきたいと思っています。実はサウナもその一環です。
60歳以降の生活を見据えてスピーディに動く
――日本全体の今後について、林さんの考えをお聞かせください。
林 自分は今年で49歳なので、60歳までの12年が一つの区切りだと思っています。60歳から先は好きな道に進むべきだと思っています。日本全体の企業もそのように考える必要があるのではないでしょうか。アメリカやヨーロッパでは引退後、牧場やガーデニングなど自然に親しむ生活に移りますが、日本ではそうした文化が少ないです。私は65歳くらいになったら、フィッシングやハンティングを楽しみながら、3割は顧問として現場に出続けない役割を理想としています。そのためには、組織を安定させることが重要です。組織の成長する仕組みを作り変えることで、世代交代をスムーズに進められると考えています。
PROFILE
1975年生まれ。北海道帯広市出身。大学卒業後、カナダへ留学。帰国後、北海道でさまざまな職種を経験。2017年に株式会社北海道ホテル取締役社長に就任。十勝ナチュラルチーズ協議会会長、サウナ学会理事なども務める。2020年には十勝サウナ協議会を立ち上げ、サウナをキーワードにした十勝の地域連携を深める活動に邁進している。