【書評】本の虫 小川の本棚 「しんせかい」presented by Book cafe & bar Sen 115

作品名：しんせかい
著者：山下澄人
出版社：新潮社

作者本人から直接購入した一冊

この本は、8月に札幌で開催された文学フリマで、山下澄人さんご本人から直接購入し、その場でサインもいただいた一冊である。

ブースにはいくつかの作品が並んでいたが、やはり「芥川賞受賞作品」という肩書きに惹かれて、この本を選んだ。
文学好きにとっては、ある意味で記念切符のような存在である。

正直に言うと、それまで山下作品を一度も読んだことがなく、装丁から「難しそう」という印象を受けていたのも事実である。

さらに芥川賞と聞けば「純文学」のイメージが強く、読む側にも高い解釈力や感性が求められる気がして、長い間、読む機会を逃してきた。

だからこそ、文学フリマでご本人に出会うことがなければ、この作品を手に取ることはなかった可能性が高い。

しかし「作者から直接本を受け取る」という体験は、予想以上に大きな意味を持ち、「これは読むしかない」と決心させた。

そして実際にページを開いてみると、懸念はどこかへ消え去り、一気に物語の世界へと引き込まれた。

難解さよりも言葉の新鮮さや独特のリズムが際立ち、読み終えたときには「なぜ今まで読まなかったのか」と不思議に思うほどの読書体験となった。

芥川賞作家が紡ぐ、富良野塾の物語

著者の山下澄人は1966年神戸市生まれ。
劇団「FICTION」を主宰し、2012年『緑のさる』で文學界新人賞を受賞してデビューした。

2016年『鳥の会議』で野間文芸新人賞、翌年『しんせかい』で第156回芥川賞を受賞した。

実は彼は、脚本家・倉本聰が主宰する富良野塾の塾生でもある。

北海道の自然の中での共同生活や厳しい演劇修行の経験は、作品の背景に深く息づいている。

芥川賞受賞作『しんせかい』は、その富良野塾での日々を下敷きにしている。

十九歳のスミトは船に乗って北へ向かい、【谷】と呼ばれる場所で俳優や脚本家を志す若者たちと自給自足の生活を始める。

過酷な労働、仲間との交流、【先生】の指導、そして地元に残した“恋人未満”の存在。

日々の揺れ動く心を通して、青春の濃密さが描かれている。

さらに入塾試験前夜の希望と不安を写した短編も収録され、著者の原点と文学の力を同時に味わえる一冊となっている。

見方が変わると感じ方が一変する

この小説を読み終えたとき、正直に言えば頭の中がモヤモヤしてスッキリしなかった。

それでも芥川賞受賞作なのだから、読み手がさまざまに解釈するものだと自分を納得させていた。

数日後、同じく富良野塾の卒業生である脚本家・久松真一さんにお会いする機会があった。

山下澄人さんに会ったこと、そして『しんせかい』を読んだことを伝えると、この作品はフィクションではなく、ほぼ事実であると教えていただいた。

その言葉を聞いた瞬間、私の感想は一変した。

書かれていることが腑に落ち、頭の中で映像が立ち上がるように鮮明に感じられた。

著者の背景や体験を知って読むかどうかで、同じストーリーでも受け取り方は大きく変わる。

これこそが読書の醍醐味であると気づかされた。これからは作品そのものだけでなく、著者についても深く知りながら本を味わっていきたいと思う。

気軽に読める芥川賞作品『しんせかい』は、純文学に興味はあるけれど手を出せない人でも、すんなり読めるオススメの一冊である。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）を出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。