【書評】本の虫 小川の本棚 「聞こえない羽音」presented by Book cafe & bar Sen 120

作品名：聞こえない羽音
著者：船崎泉美
出版社：小学館

タイトルを見た瞬間に「購入」を即決

ボクが本を買うときは、地元の書店で手に取ることもあれば、アマゾンなどのECサイトでぽちっとすることもある。

今回の本は、まさに後者。ECサイトがおすすめしてくれる、いわゆる“アレ”──購買履歴から導き出されたレコメンドの魔法に、今回もしっかり心を奪われたのだ。

地元の書店ならその日のうちに読み始められる。
だけど、ECサイトだと届くまで待たなければいけない。

読みたい気持ちが強ければ強いほど、配送までの数日が妙に長く感じ、なんとも言えないモヤモヤが生まれる。

だけど、おもしろいもので、読み終わった瞬間に思ったのだ。
「あの待っていた時間ですら、なんだか愛おしかったな」と。

ひと呼吸置いて、楽しみに気持ちを育てる時間があるからこそ、読み始める瞬間の喜びは、より大きくなるのかもしれない。

本との出会いって、そういう“小さなドラマ”が詰まっている。今回も、そんな一冊だった。

今度こそあきらめない──勇気と挑戦の物語

主人公は、中学２年生の涼宮花音。
数年前から耳に違和感を覚え、やがて診断されたのは「感音性難聴」。

授業の声が届きにくく、それだけじゃなく、友だちとの会話もうまく入ってこない。
そして何より、心から大好きだったバドミントンができなくなってしまうのだ。

“音”と一緒に、自分の世界まで遠ざかってしまったような感覚。
花音は、まさに絶望のふちに立たされる。

しかし、物語はここから動き出す。
デフバドミントンとの出会い。新しいダブルスのパートナーとの出会い。

“聞こえ”を失っても、花音の人生は失われなかったのだ。

「耳が聞こえなくなって、もう笑えないと思ってた。何もできないと思ってた。でも、あなたとバドミントンがしたい。」

その気持ちが、彼女をもう一度コートへと連れ戻す。

音のない世界で見つけた、新しい光。
失った先に気づいた、自分の強さ。

花音の再生と挑戦の物語が、ここからはじまる。あきらめなかった先に、人はきっともう一度立ち上がれる。そんな勇気をくれる１冊です。

本当に大切なことは、五感では感じられないところにある

この作品は、デフスポーツの第一線で活躍する選手たちに丁寧に話を聴き、その経験や心情をもとに描かれているという。

だからこそ、ひとつひとつの描写に嘘がなく、心の揺れがリアルで、読み始めてすぐに物語の世界へ引き込まれた。

ボクたちは日々、視覚や聴覚といった“わかりやすい感覚”を頼りに生きている。

だけど、この物語は教えてくれる。
本当に大切なものは、五感の外側──心でしか触れられない場所にあるということを。

だからこそ、人とのつながりに少しでも綻びが生まれると、元に戻すまでに時間がかかる。

信頼も友情も、目に見えないからこそ、ゆっくり育てていくしかない。

花音たちの姿を追いながら読み進めるうちに、ふと気がついた。
今の自分の生活は、見えているもの、聞こえてくるものにばかり気を取られ、
本当に大事にすべきものが見えなくなっていたんじゃないかと。

これからは、五感に頼りすぎず、
心の目で、目の前の出来事の“中心”をしっかり見つめていきたい。

そんな気持ちにさせてくれる、静かで力強い１冊です。

これから日々を生きていくうえで大切なことを教えてくれるこの本は、デフスポーツのリアルな情報と、心をそっと磨いてくれるエッセンスがぎゅっと詰まった１冊です。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）を出版。毎週金にスマヒロで書評を担当。