【書評】本の虫 小川の本棚 「普通に青い東京の空を見上げた」presented by Book cafe & bar Sen 122

作品名：普通に青い東京の空を見上げた
著者：早見和真
出版社：角川文庫

出張先で“なんとなく買った１冊”が、思いがけず心に刺さった

ボクは出張のとき、いつも２〜３冊の本を持って出発する。

移動中は、とにかく読書、読書、読書。

しかし、ときどきそれでは全然足りず、結局その土地の書店で買い足すことも多い。

今回も例にもれず、東京から帯広へ戻る羽田空港で本を物色していた。

そこで出合ったのが、この『普通に青い東京の空を見上げた』だった。

まず何より、早見和真さんの未読作品だったこと。
そして、目を引く美しい装丁写真。極めつけは、帯に書かれた強烈なメッセージ。

選ぶ時間がほとんどないあの空港の本棚で、「はい、これに決まり！」と迷う余地もなく即購入。
そしてさっそく機内で読み始めた。

本というのは不思議なもので、時間をかけてじっくり選んだ一冊より、“なんとなく手に取った本”のほうが心に残ることもある。
いや、むしろ人から勧められてちょっと嫌々読み始めた本が、人生の宝物になることだってある。

今回のこの本もまさにそうだった。
偶然のように見えて、必然だったのかもしれない。

そんな一冊が、人の人生をそっと支えてくれることもあるのだと、改めて思わされた出張帰りの読書体験だった。

短編連作小説という“花束”が、心をそっと押してくれる

この作品は、６つの物語がゆるやかにつながっていく“短編連作小説”だ。

どの物語も独立して楽しめるのに、読み進めるほど世界が深くなる——そんな構成になっているのが特徴だ。

物語の中心にいるのは、「二流大学の三流学部を卒業した僕」

思いがけず一流企業に入社し、「これで人生安泰か」と思ったのも束の間、現実は時代遅れの激務と、すり減る日々。

逃げたいと思っても、恋人の妊娠をきっかけに簡単に逃げることもできなくなる。

“ままならない現実”を抱えながら、それでも一歩を踏み出すしかない若者の姿から物語は始まる。

この本には、どこにでもいるような大人たちの、逃げたい気持ち、踏ん張る勇気、諦めと希望の揺れ……そんな心の動きが丁寧に描かれている。

まるで、自分自身の人生の一部分をすくい取られたような感覚。

読み終えたとき、心の中にそっと大きな花束が置かれているような、温かい余韻が残る。

収録作品

• 新橋ランナウェイ
• 北新宿ジュンジョウハ
• 成城ウィキペディエンヌ
• 十条セカンドライフ
• 二子玉ニューワールド
• 碑文谷フラワーチャイルド

日々に疲れたとき、ふと自分を見失いそうなとき、そっと心を満たしてくれることだろう。

目の前が真っ暗になった時、次の道はひらかれる

この物語をひと言でまとめるなら、「再生の物語」と言うのがしっくりくる。

どのストーリーでも主人公たちは必ず壁にぶつかる。

いわゆる“お先真っ暗”を味わい、立ち尽くす。

なのに、その暗闇の中から、彼らはちゃんと一歩を踏み出していく。

その姿に、思わず心をつかまれてしまう。

ただし、彼らは決して根性だけで突っ走るわけではない。

ほんの少し、視点をずらすのだ。
たとえば——
「緊張して相手の目を見られないなら、おでこを見る」
そのくらいの“ちょっとした角度の変化”だ。

それだけで景色は変わる。前に進める瞬間が訪れる。

だけど、ここを勘違いしてはいけない。
その“視点を変えるタイミング”も、実はとても大事なのだ。

向き合っても、逃げても、どちらにしても、結局は「どれだけ足掻けたか」が人生をつくっていく。……と、偉そうに言いつつ、ボク自身も毎日のように壁にぶつかっている。

とくに絵本作家としての活動には、大きくて分厚い壁が何重にも立ちはだかっていて、何度くじけそうになったか数え切れない。
作風を変えようかと悩んだことだってある。

そんな中、この本を読んで、ふっと背中を押された。
「もう少し、足掻いてみよう」
そう静かに腹の底で決意したのだ。

ここまで読んでくれたあなた。
どうか、これからもボクの足掻きを温かく見守ってほしい。

そしてあなたも足掻き続けてほしい。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）を出版。毎週金にスマヒロで書評を担当。