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美学者 上野悠の「美学でひもとく世界」| 「美的闘争論」とはなにか 043

【連載】美学者 上野悠の「美学でひもとく世界」

ゲームはただの娯楽、そう思われがちですが、哲学や美学の領域で考えてみると、意外な発見がたくさんあります。いったい、ゲームはなぜこんなにも私たちを惹きつけるのでしょうか。大学院で「ゲームの哲学」を研究している美学者・上野悠が、ゲームをめぐる最新の思想を紹介しつつ、その魅力を多角的に掘り下げます。

美的調和論

最近、美学分野では、美的価値という概念についての議論が流行しており、なかでも本格的な美的価値論の体系を作り上げた論者として、ドミニク・マカイヴァー・ロペスがいます。

ロペスが提唱する「美的ネットワーク理論」には様々な特筆すべき点がありますが、その中の一つとして、「理想的な美的世界とは、異なる美的文化が互いを尊重し合い、個人が個人的に好まない美的実践でさえ他者にとって価値あるものであることを誰もが理解するような世界である」とする調和論的傾向があります。

この美的調和論のもとでは、美的空間において、「相容れない対立」は存在しません。そこには多くの「美的意見の相違」こそ存在しますが、誰もが他者の美的プロジェクトの価値を尊重し理解する世界であり、他者を傷つけることや、他者のプロジェクトの価値を否定することなく、一人ひとりが個人および集団の美的プロジェクトを追求することができるのです。

しかし、そんな「調和論」に異議を唱える人がいます。ジョナサン・ギンゲリッチは、ロペスが提唱するいわば「コスモポリタン的調和論」が排除してしまっている美的対立こそが、私たちの美的生活において重要な部分を形成していることを示すことで、美的闘争論(aesthetic agonism)を擁護しようとします。

調和論による説明

ロペスの調和論に対抗し、ギンゲリッチが自ら「美的闘争論」と呼ぶ見解は、恒久的な美的平和が、たとえそれが多文化的多様性を伴うものであっても、非暴力的な対立と異議申し立ての貴重な場としての芸術の喪失を意味すると主張します。

ギンゲリッチはまず、ロペスの調和論を概観します。ロペスの見解によれば調和論は、誰もが美学が「対立のない領域」であることに利害関係を持ちます。この利害は、接触する美的文化の価値が互いに排他的な衝突を伴うような接触によって損なわれてしまいます。なので、各々の美的文化は、お互いに排他的にならずに、尊重しながら、各々が各々の達成を目指していくわけです。

ロペスによると、十分に構築された美的文化は「多元的」なものとなります。なぜなら、それぞれの美的価値プロファイルは

(1)違いがあり(2)妥当であり(3)比較不可能であ、(4)互換性があり(5)ある程度相互に理解可能

だからです。
この美的文化の特徴づけから、ロペスは、美的文化は多元的であり、お互いに尊重しあうため、本質的に衝突のない領域であると仮説を立てます。したがって、互いに排他的な衝突は美的文化間の接触のよくないバージョンとなってしまうのです。

さらにロペスは、美的表現が「武器化」されて社会的不公正を悪化させるという現象を説明するために、私たちが持つ、価値の多様性、社会的自律性、美的調和への関心の存在が不可欠であることを示すことで、我々が実際にこれらの関心を持っていると論じます。

武器化された美的表現は多様な形態をとりますが、顕著な事例には文化的盗用、ステレオタイプ化、ブラックフェイスの使用、人種差別的・性差別的美的慣行が含まれます。ロペスによれば、こうした現象の根底にある社会的仕組みが持つ不公正さは、美学を「紛争のない領域」として維持するという我々全員の利益を覆す点にあるのです。そしてロペスは、武器化された美学の典型例を「美的調和への関心」の仮説が十分に説明できれば、自身の調和観の主張は成立すると主張することで、美的調和論を擁護しようとするのです。

ロペスが依拠する中心的事例の一つが、トニ・モリソンの小説『青い瞳』の主人公ペコラ・ブリードラブである。ペコラは1940年代のオハイオ州で貧困の中で育つ11歳の黒人少女ですが、成長過程で出会う人々——家族や知人から白人の店主に至るまで——から繰り返し醜いと評され、その結果、彼女は自身の黒人としての身体から逃れたいと願い、青い瞳を切望するようになってしまいます。

ロペスは、『青い瞳』における不正義を最もよく説明するのは調和観であると論じます。なぜなら、彼女は不調和の衝突から解放された美的世界を享受することを阻まれることで、美的主体としての能力をきずつけられるからです。ロペスは、「ペコラの事例のような武器化された美学の事例は、美学が衝突のない領域であり続けることへの関心がなければ十分に理解できないため、調和観はその存在意義を証明する」と結論づけます。

美的闘争論

それに対し、ギンゲリッチの提唱する美的闘争論は、「少なくとも時には、美的文化が接触した際に互換性のない対立を生じさせることに我々には利害関係がある」と主張します。つまり、少なくとも時には、美的調和に利害関係を持たない場合があるとするのです。 

ギンゲリッチは、美的闘争論の主張の第一段階として、武器化された美学の害悪が美的調和への関心なしに説明可能であることを示すことで、調和観の根拠を弱めようとします。第二段階では、美的意味を持つ確執を説明するには、一部の人々が時に美的対立に真の関心を持つと仮定せざるを得ないことを示すことで、美的不調和の衝突の価値を肯定的に論証します。

美的闘争論の第一段階

ギンゲリッチはペコラの事例を再考することを促し、この事例において、美的闘争論には二つのアプローチがあり得ることを示します。

まず、ギンゲリッチはジョン・ロールズの理論を持ち出して、ペコラ事例の不正義を説明できるとします。これが不正義であるのは、ロールズの正義の第二原理における「機会均等の公正」という要件が満たされていないからです。ペコラを取り巻く社会的不平等は、彼女に社会内の他者(少年、白人児童、富裕層の子女を含む)が持つ権力・影響力の地位を占める同等の機会を否定しています。よって、ペコラは、才能や能力、それらを活用する意欲といった要素以外のものに基づいて社会的地位へのアクセスを制限する、広く共有された美の規範によって害されてしまっているのです。

また、美的闘争論の支持者が採り得る別のアプローチは、ペコラが黒や茶色の身体を評価できないということの背景にある美的価値観を実質的に問題視することです。美的闘争論の支持者は次のような論拠を展開することができます。ペコラは青い目を人間の目の正しい美の理想と見なすべきではありません。茶色、黒、緑、灰色の目も同様に美しいからです。この見解によれば、ペコラの状況における美的問題は、彼女が身体の美に関する実質的に誤った美的信念の枠組みに囚われている点にあります。

これらのアプローチはいずれも美的闘争論者がとりうる唯一のアプローチではないということに注意を促しつつ、ギンゲリッチはペコラが被った不正義に対する美的闘争論的解釈は、美学が紛争のない領域であり続けることへのいかなる関心も喚起していないと述べます。ペコラには、自身の身体を美しいと認識すること、人種差別的・性差別的差別の標的とならないことへの関心はあるが、美学が紛争から自由であり続けることへの関心を持つ必要はないのです。 つまり、この種の不正義を説明するのに、美的調和論を持ち出す必要はないわけです。

美的闘争論の第二段階

ギンゲリッチは、美的闘争論の肯定的論証は、ロペスの調和観の論証と概ね並行すると言います。つまり、論証は以下のような道筋をたどるのです。

⑴美的闘争論は現実の現象を正しく描写するならばその存在意義を証明する
⑵美的確執は美的生活における貴重な特徴であり、美的調和への普遍的関心があるならば十分に理解できない
⑶したがって美的闘争論はその存在意義を証明する。

しかし、ギンゲリッチは美的闘争論の主張とロペスの主張には顕著な相違点があると言います。彼によると、美的闘争論は調和観よりもはるかに限定的な主張です。美的闘争論が主張するのは、一部の者が時折、ある種の美的非互換性衝突の存在に関心を持つということに過ぎません。この見解は、ほとんどの、あるいはほぼ全ての美的文化が互いに調和している状況とも両立可能なのです。

ギンゲリッチは、第一の事例として、ロレイン・オグレイディが1980年代に「ミズ・ブルジョワーズ・ノワール」として行ったパフォーマンス第二の事例として、フリードリヒ・フンデルトヴァッサーが建築における直線への痛烈な批判を記した『カビの宣言:建築における合理主義への反論』第三の事例として、ドグマ95が巨額予算制作やスタジオシステムによって課せられた「不純物」を映画制作から排除しようとした試み、を挙げます。

ギンゲリッチは、これらの事例に依拠し、美的文化が、しばしば実質的な対立や敵対の領域として存在することがあるという見解を支持しようとします。このような美的闘争における深く鋭い美的対立の持つ価値を包含し得るため、美的闘争論は理論としての存在意義を獲得するのです。  

ギンゲリッチは、美的闘争論の強みとして、闘争論は、少なくとも時に極めて解決困難で激しい対立を伴わなければ、美的生活において私たちが望むべき感情の深みは得られないと主張することができると主張します。彼は、このような相容れない対立がなければ私たちの美的生活が貧しくなる理由を二つ挙げます。

一つは、オグレイディやフンデルトヴァッサーのような芸術家が、実質的な問題として少なくとも時に正しいと考えられるかもしれない点です。ギンゲリッチによると、彼らが正しかったかどうかにかかわらず、拒絶され打倒されるべきいくつかの美的文化や実践は存在するのです。

もう一つの理由は、互いに排他的な衝突状態にある文化が存在する美的世界は、美的文化が互いの価値を尊重し合う世界よりも好ましいというメタ美学的見解が擁護される可能性があるということです。調和観を受け入れるならば、情熱的で排他的な献身を伴う重要な美的文化形態から自らを閉ざすことになります。オグレイディ、フンデルトヴァッサー、ドグマ95のような美的献身を幅広く排除してしまうことは、十分に構成された美的文化から重要な美的価値や実践へのアクセスを遮断してしまうのです。要するに、こうした劇的な対立がない美的世界はつまらないものになってしまうかもしれないのです。

文化的民主主義

これまでのギンゲリッチの主張の背景には、彼自身が「文化的民主主義」と呼ぶ、美的領域と政治的領域を厳密に区別せず、両者を民主主義社会の深く相互に絡み合った側面として捉える考え方が背景にあります。

文化的民主主義は、調和論のように、民主的共同体の成員が互いの美的価値プロファイルを尊重することを要求するわけではなく、既存の価値観や嗜好が他者との出会いを通じて変容し得ることを要求します。この見解は、ある状況のもとで制度が不正義となるのは、美的生活に不調和が忍び込むことを許容してしまうときではなく、平等な相互の美的影響と変容の可能性を損なうときであるという主張を支持します。それによると、誰かが不正義を被るのは、美的空間が紛争のない領域であり続けるという想定された関心が挫折したからではなく、その中にいる人々が、自らが生きる美的世界を形作っていく役割を否定されてしまっているからであるということが導き出されるのです。

参考文献

Gingerich, Jonathan. 2025. “Aesthetic Harmony and Aesthetic Agonism.” Journal of Aesthetics and Art Criticism 83 (4):318-329.

美学者とは

「美学者」とは、「美とは何か」「芸術作品はどのように評価されるのか」「感性による判断にはどんな特徴があるのか」といった問題を哲学的に探究する研究者です。近年では、ゲームの体験やデザイン、スポーツや身体表現、さらにはSNSなど、従来は「美学」とはあまり結びつかなかった分野にまでその探究範囲が広がっています。哲学や芸術学と深く関係しながら、現代社会のあらゆる「感性の問題」に光を当てるのが、美学者と呼ばれる人々なのです。

美学者の役割

  • 【美的判断】なぜある人が「美しい」と感じる対象を、別の人は「そうでもない」と思うのか
  • 【芸術作品の価値】作品が私たちの感性に与える影響を、どう評価し、言葉で説明できるか
  • 【日常の美】ファッションやインテリアなど身近なところに潜む「美しさ」をどのように考えるか

こうした問いに取り組むのが美学者の役割です。近年では、ゲームの体験やデザイン、スポーツや身体表現、さらにはSNSなど、従来は「美学」とはあまり結びつかなかった分野にまでその探究範囲が広がっています。哲学や芸術学と深く関係しながら、現代社会のあらゆる「感性の問題」に光を当てるのが、美学者と呼ばれる人々なのです。

【PROFILE】

美学者|上野 悠 | うえの ゆう
北海道帯広市出身。早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。専門は、ゲーム研究、美学。主な論文に、「個人的なものとしてのゲームのプレイ: 卓越的プレイ、プレイスタイル、自己実現としての遊び」『REPLAYING JAPAN 6』、「ゲームにおける自由について──行為の創造者としてのプレイヤー──」『早稲田大学大学院 文学研究科紀要 第68輯』。ゲームとファッションとタコライスが好き。









































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上野 悠

上野 悠

美学者

美学者|北海道帯広市出身。早稲田大学文学研究科博士後期課程在籍。専門は、ゲーム研究、美学。主な論文に、「個人的なものとしてのゲームのプレイ: 卓越的プレイ、プレイスタイル、自己実現としての遊び」『REPLAYING JAPAN 6』、「ゲームにおける自由について──行為の創造者としてのプレイヤー──」『早稲田大学大学院 文学研究科紀要 第68輯』。ゲームとファッションとタコライスが好き。

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