【書評】本の虫 小川の本棚 「僕たちの青春はちょっとだけ特別」presented by Book cafe & bar Sen 076

作品名：僕たちの青春はちょっとだけ特別
著者：雨井湖音
出版社：東京創元社

SNSで発見！ちょっと変わった学校が舞台の青春ミステリー

何気なくSNSをスクロールしていた時に、偶然目に飛び込んできたのがこの小説。その投稿を見た瞬間、心の中のおがわ分身、小さいおがわが、「おい、これはおがわひろきのための一冊だぞ」と妙に確信めいた口調で囁いてきたのだ。

そう、この小説の舞台は「特別支援学校」。

障がい福祉の仕事に携わっているボクにとって、これ以上ど真ん中なテーマはない。むしろ、興奮しすぎてヨダレが出るほどの魅力的な内容。とはいえ、それだけではなく、読書好きのボクの心にも、新鮮な驚きと好奇心を与えてくれる一冊だった。これまで青春ストーリーと言えば、胸がきゅんとするような甘酸っぱさを秘めた小説をいくつも読んできた。しかし、知的障がいを抱える生徒たちが通う学校を舞台にした物語を目にしたのは初めて。

その斬新さと期待感に胸を躍らせながら、すぐさま購入ボタンをポチリ。届くまでの間、この物語にどんな感動や発見が詰まっているのだろうと、想像を膨らませながら過ごした。まさに、手元に届くのを今か今かと心待ちにした一冊です。

 

現場で働く著者だからこそ描けるリアルなストーリー

著者である雨井湖音さんのプロフィールを拝見すると、特別支援学校の職員として日々現場で活躍される一方、小説の執筆にも情熱を注いでいらっしゃることがわかる。このような雨井さんの経験と視点があるからこそ生まれたのが、本作という特別な作品。現場で日々、子どもたちやその家族、同僚たちと向き合いながら見つめてきた景色や感情が、物語にリアルな息吹を与えていいる。そのため、描写には臨場感があふれ、まるで読者自身がその場にいるかのような没入感を味わうことができるのだ。

また、雨井さんには毎日彼らと接しているからこそ得られる知識と情報がある。それを小説という形でわかりやすく、心に響く言葉で表現されている。特別支援教育に馴染みがない方でも無理なく理解できる工夫が随所に感じられ、専門的でありながらも誰にでも親しみやすい作品に仕上がっている。この絶妙なバランスこそが、読者の年齢や背景を問わず楽しめる物語を生み出している大きな理由と言えるでしょう。

さらに、この作品を通じて「障がい」というテーマに触れた読者が、普段は気づけなかった世界に目を向けたり、理解を深めたりすることができるという点も見逃せない。小説という形で届けられる物語が、読者一人ひとりの中に小さな変化をもたらし、その変化が積み重なることで、やがて大きな共感や社会の理解につながる可能性がある。そう考えると、本作はまさに「世界を変える1冊」と言えるのではないでしょうか。雨井さんが紡ぎ出したこの物語が、多くの人々の心に届き、未来への小さな一歩を生むきっかけとなることを願ってやみません。

誰も不幸にならない平和なミステリーここにあり

ミステリー小説と聞くと、多くの人が少し物騒なイメージを抱くかもしれません。誰かが殺されたり、大切なものが盗まれたりと、いわゆる「事件」が中心に描かれることが多いからでしょう。謎が謎を呼び、読者をハラハラドキドキさせる展開は、ミステリーの醍醐味のひとつと言える。しかし、この物語はちょっと違う。

確かに物語の中で「事件」は起こる。けれども、それは私たちが一般的にイメージするような暗くて恐ろしいものではない。むしろ、読後には心がじんわりと温かくなり、ほっこりとした気持ちが残る――そんなハートウォーミングなミステリーなのだ。この物語を読み進めるうちに、ページをめくるたびに感じるのは、不安や緊張ではなく、優しさや人と人とのつながりの心地よさだ。

これまで読んできたミステリー小説は、スリリングな展開で次のページが気になって仕方がないものが多くありましたが、その一方で少し重たく、読むたびに心の準備が必要だと感じることもあった。続けて何冊も読みたいとは思えない、そんな作品も少なくない。しかし、この物語は違った。どんな気分の日でも気軽に手に取れて、読み終えた後はほっとした気持ちで本を閉じられる。まるでお気に入りのブランケットにくるまれているような、安心感のある読書体験を提供してくれる。

 

こうした「ほっこりミステリー」がもっと増えてほしい――そう感じずにはいられない。謎を追いながらも、人間の優しさや温もりに触れることができる物語は、忙しい日常の中で私たちに小さな癒しを与えてくれる特別な存在。この作品をきっかけに、そんな「新しいミステリー」を読んでみてはいかがでしょうか？

Profile

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。