【書評】本の虫 小川の本棚 「ガラスの海を渡る舟」presented by Book cafe & bar Sen 078

作品名：ガラスの海を渡る舟
著者：寺地はるな
出版社：PHP研究所

大量寄贈の中に紛れていた掘り出し物の１冊

ボクが運営するBook cafe&bar Senには、本の寄贈をしてくれる人が度々訪れる。ありがたい話だ。本を持ってきてくれる方々には、それぞれの理由や背景があるようで、聞いてみると面白いものだ。たとえば、「家に置く場所がもうなくて、これ以上積むと本のタワーが崩れる」とか。「ブックオフに持ち込んでも二束三文なら、もっと意味のある場所に届けたい」と言う人もいる。そう、まるで我がカフェが本の最終避難所かのような立ち位置になっているのだ。

そして今回も、「ここに寄贈するために取っておきました」と大きな紙袋いっぱいの本を持ってきてくださる方が現れた。その袋の中には、小説から新書まで幅広いジャンルの本がぎっしり詰まっている。見ただけで読みたくなる本ばかりで、どれもこれも興味深い。けれど、当然ながら一気に読むのは難しい。なので、まずはパッと目に留まったものから手に取り、少しずつ読み進めることにした。

その中の数冊目で、今回、とんでもない一冊と出会ったのだ。読んでいるうちに、ページをめくる手が止まらない。そして思わずこうつぶやいてしまった。「２０２５年、暫定１位だな」と。（その時点ではまだ１月２日）

基本的に本に順位をつけないのだが、もしつけるとすれば2025年のベスト１０にランクイン。それだけ面白かった小説です。

 

兄妹から目が離せない！読めば読むほど味がでてくる１冊

この物語の舞台は、兄と妹が営む小さなガラス工房。妹の羽衣子（ういこ）は社交的で何事もそつなくこなすバランスタイプ。人付き合いも得意で、工房のお客さんとも自然に会話を弾ませる才能がある。ただ、その一方で、自分にはこれといった「突出した才能」がないことに密かに悩んでいる。

一方、兄の道（みち）は、幼い頃から落ち着きがなく、コミュニケーションも苦手。周囲からは”変わり者”と見られがちで、協調性に乏しく、他人の気持ちに寄り添うのが得意ではない。

そんな正反対の兄妹が、亡き祖父の遺したガラス工房を引き継ぐことになった。しかし、二人の間で衝突は絶えない。そんな二人の前にお客さんからちょっと変わった依頼が持ち込まれた。それは「ガラスの骨壷」を作って欲しいとーー。

そんな二人が10年という月日を共に過ごし、ぶつかり合いながらも少しずつ変わっていく姿を描いたこの物語。特に”不器用”で生きにくさを感じている人たちに読んでほしい1冊です。ガラスのように壊れやすく、それでいて美しい人間関係の機微が、繊細に描かれています。

読み終えたときには、きっと自分自身や周囲の人たちを少しだけ優しく見つめ直すことができるはず。

胸を打つ言葉がいくつも登場し、自分磨きにも最適

兄の道は、前述したとおり共感に欠けた発言をする場面が多々ある。それは時に周囲を困惑させ、ぎこちない空気を生み出すこともある。けれど、そんな道だからこそ言える「まっすぐな言葉」があることを、ボクは彼を通して何度も教えられた。

道が発したこの一言は、ボクの心に深く刻まれた。人生には、誰しも落ち込む時期がある。家族や友人がそんな状態にある時、無意識に「前を向こう」と月並みな励ましを口にしていないだろうか。道の言葉を聞いた時、ボクは自分自身がどれだけ”本心ではない”言葉を使っていたかを思い知らされた。そして言葉のチカラとは、その言葉が本心から発せられているかどうかにかかっているのだと再認識した。

この物語に登場する胸を打つ言葉はこれだけではない。たとえば、こんな言葉もある。

この言葉を聞いたとき、ボクは思わず息を飲んだ。不完全な形状を抱えたままでも、生きることには意味があり、その不完全さこそが人間らしさだと教えてくれるような気がした。
もちろん、道が語る言葉はまだまだたくさんある。挙げ始めればキリがないが、それをすべてここで紹介してしまうのは惜しい気がする。だからこそ、あとはあなた自身の目で確かめてみてほしい。その言葉の一つ一つが、きっと心に響くはず。

 

このひとつの物語の中にたくさんの素敵な文章があり、言葉のチカラを感じさせてくれる１冊です。

Profile

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。