【書評】本の虫 小川の本棚 「婚活マエストロ」presented by Book cafe & bar Sen 079

作品名：婚活マエストロ
著者：宮島未奈
出版社：文藝春秋

2024年に一世を風靡した宮島未奈さんの作品にハズレはない

衝撃で笑劇な作品『成瀬は天下を取りにいく』が2024年「本屋大賞」を受賞したことは記憶に新しい。もちろんボクも読了済みで、その勢いでハルキスト（村上春樹さんのファン）ならぬ“ミヤジスト”になった。そうなると、この『婚活マエストロ』を手に取るのに理由なんて必要なく、呼吸するのと同じくらい自然なことだった。

ただ、表紙にある「婚活」という文字と帯に大きく書かれた「40歳、人生再始動」のフレーズがやけに身近に感じられて、思わず息をのんでしまった。「いやいや、これはフィクションなんだから」と自分に言い聞かせつつも、どこかソワソワしてしまったのは事実。

でも、いざ読み始めるとそんな不安も一気に吹き飛んだ。軽快な文章とテンポのいい展開に引き込まれ、笑いながらも時には共感してしまう。気付けば「次はどうなる？」と夢中でページをめくり、驚くほどのスピードで読み終えていた。

軽快な文章で読みやすいこの作品は、一気読み必須のエンタメ小説だ。それだけじゃなく、読後には「新しいことを始めるのも悪くないかもな」なんて思える力も秘めている気がする。

軽やかで心温まる物語が、きっと読む人それぞれの背中をそっと押してくれるはずだ。

 

パッとしない人生もきっかけひとつで変化していくのかもしれない

主人公の男性、猪名川健人は、貯金なし、スキルなし、恋人なし。まさに三重苦の三文ライターだ。彼は取材や下調べをせず、テレビやWeb、SNSで集めた情報を元に記事を書いている。そんな彼が物語の最初に、学生時代から住んでいる格安アパートの大家さんから依頼され、時代遅れの零細婚活会社の記事を書くことになる。その依頼がきっかけで、婚活イベントにも参加していくのだが、そこで出会う人物たちがまた一癖も二癖もある面白い人たちばかりだ。

読んでいると、「そっち？こっちでしょ！」とツッコミたくなるような展開に引き込まれ、気がつけばすっかり感情移入してしまっていた。登場人物一人ひとりが持っている人間味があふれ、物語に深みを与えているのだ。その人たちとの出会いが健人を成長させてくれるのでその変化も楽しんでいただきたい。

そして、前作に引き続き、滋賀県の実在する場所が登場するのも宮島ワールドならではのおもしろさだろう。地元の風景や実際の場所が絡んでくることで、読者は一層リアルに物語を感じることができる。

最後に、個人的な願望を一つ。いつかは乗りたい。ミシガンクルーズに。

婚活パーティへのハードルが下がるかも！？

これを読んでいる40代以上の方の中には、マッチングアプリや婚活イベントに対して「ちょっとハードルが高いな」と感じている人もいるかもしれない。でも、この作品は決して婚活を推しているわけでも、婚活イベントの情報を発信しているわけでもない。ただ、物語の中で、婚活イベントの「雰囲気」がすごく伝わってくるので、気づけば無意識にハードルが下がる気がする。読んでいると、婚活に対する抵抗感が少しずつ和らぐような、不思議な感覚を覚える。

そして、それだけではない。「婚活マエストロ」として登場する鏡原さんの働きっぷりが、ボクらのお仕事生活にも良い刺激を与えてくれる。彼女の姿勢や考え方に触れることで、自分の働き方を少し見直してみたくなるような、そんなエネルギーをもらえたのだ。

もちろん、忘れてはいけないのが恋愛ストーリー。中学生の恋愛のような絶妙な距離感で描かれている恋愛模様が、まさに主張しすぎず、程よい具合で物語を引き立てている。過剰にならず、でもしっかり心に残る。そんな絶妙なバランスがこの作品をより魅力的にしているのかもしれない。

 

仕事にも恋愛にも前向きになれるこの作品は、心のエネルギーチャージに最適な１冊となっております。

Profile

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。