【書評】本の虫 小川の本棚 「きこえなくたって 〜みみのきこえないプロやきゅうせんしゅのおはなし〜」presented by Book cafe & bar Sen 092

作品名：きこえなくたって 〜みみのきこえないプロやきゅうせんしゅのおはなし〜
著者：文 おがわひろき　絵 いしいつとむ
出版社：イマジネイション・プラス

10年来の親交から生まれた珠玉のストーリー

この本は、難聴というハンディキャップを抱えながら、プロ野球選手になる夢を叶えた石井裕也さんの半生を基に描いた絵本だ。

実は、ボクは彼が現役時代の頃から親交があった。当時、石井さんは日本ハムファイターズに在籍しており、年に一度、〝帯広市〟で試合が行われるため来帯していた。

そこで、「帯広市に住む、耳が聞こえない子どもたちに夢をあきらめないでほしい」というボクの想いが実り、交流会が実現した。

その後も石井さんは帯広聾学校を訪れ、生徒たちとキャッチボールをするなど、温かな交流を続けた。彼の引退試合では、ボクが運営する福祉事業所に通う聴覚障がいの子どもが招待され、花束贈呈という大役を務めた。

こうしたご縁があったからこそ、「石井裕也さんを歴史に残したい」と強く願い、出版へとつなげた。

この絵本は、何度も壁にぶつかりながらも夢を実現した実話。

だからこそ、「夢を追うすべての人」に届けたい一冊だ。

 

自分で思う短所は本当に短所なのか！？

絵本の制作にあたって、まず「何を伝えたいのか」という軸を大切にしながら取り組んだ。

その中でたどり着いたのが、日々ハンディキャップを抱える方々と接する中で強く感じた、「短所と長所は環境次第で入れ替わる」という考え方だった。

一見、耳が聴こえないことは不利だと思われがちだ。

しかし石井裕也さんは、マウンドに立つとき、補聴器の電源を切る。

すべての音をシャットアウトし、キャッチャーミットだけに集中するのだ。

文中にも「しゅうちゅうりょくと　はんのうのはやさは　だれにもまけない」とあるが、実際、彼は並外れた動体視力を備えている。

耳が聴こえないという特性が、彼にとっては「研ぎ澄まされた集中力」という武器になった。

ボク自身も、絵本制作にあたり似たようなことを感じた。

正直、ボクは絵が描けない。いや、描けないというよりは、幼児並みの画力しかない。

そのため、応募できる絵本コンテストも限られ、チャンスは少なかった。

けれど今は、絵が描けないことを逆手にとって、絵本の世界観に合ったイラストレーターに依頼することで、むしろ作品の幅を広げることができると思っている。

自分ひとりでは生まれなかった絵本の世界が、誰かと手を取り合うことで広がっていく。

そう考えると、かつて短所だと思っていたものが、今では大きな長所になった。

さて、あなたが抱える「短所」は、本当に短所のままなのだろうか？

環境や視点が変われば、それは新たな武器に変わるかもしれない。

そんなことを、この絵本を通して伝えたいと思う。

夢の先に夢がある

石井裕也さんが現役時代、とある取材でインタビューをさせてもらったことがある。

その中で「夢」について尋ねた際、彼は「息の長い選手になること」と答えた。

そう、夢は一度叶えて終わりではない。叶えたその先に、新たな夢が生まれるのだ。

また、彼の著書『サイレントK 沈黙のマウンド』の中では、プロ野球選手になること、そして引退後はバッティングピッチャーになることを夢として語っている。

そして現在、北海道日本ハムファイターズにてバッティングピッチャーとしてチームを支える存在になっている。

夢を叶えたその姿に、改めて彼の強さと歩みを感じる。

果たして、今の彼はどんな新たな夢を抱いているのだろうか。

夢は、近づくと目標になり、目標に変わったときにまた次の夢が見えてくる。

自分に置き換えてみても、それを強く実感している。

絵本作家を夢見て描き始め、ひとつの形にすることができた。

そして、絵本を作るなかで見えた新たな夢がある。

それは、「障がい福祉のことを伝える絵本」を出版し、たくさんの人に理解を広げていくことだ。

これからは、その夢に向かって、一歩一歩着実に歩みを進めていきたいと思っている。

あなた自身も、どうか自分に置き換えて考えてみてほしい。

今、抱えている夢。その先に、どんな新しい夢が待っているだろうか。

 

日本のプロ野球界に刻みたい歴史であり、多くの人に夢と希望を届けるこの絵本は、子どもから大人まで、幅広い世代の心に響く感動のストーリーです。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。