【書評】本の虫 小川の本棚 「バスが来ましたよ」presented by Book cafe & bar Sen 095

作品名：バスが来ましたよ
文：由美村 嬉々　絵：松本 春野
出版社：アリス館

本は必要な時に手元にやってくる

この本の存在を知ったのは、たしか2023年の3月頃だった。

自分が絵本作家としてデビューした際、特設コーナーに並べられていたのが、この『バスが来ましたよ』。

第15回MOE絵本屋さん大賞で第10位に選ばれ、どの書店に行っても目立つ場所に置かれていた。

それだけでなく、メディアやSNSでも取り上げられる機会が多く、注目を集めていた作品だった。

しかし、当時のボクはこの本を手に取ることができなかった。

その理由を恥ずかしながら正直に言うと、ただの嫉妬だった。

この本は、視覚障がいのある方をテーマにした絵本。

まさに自分が目指している絵本のスタイルであり、テーマであり、願いだった。

だからこそ、悔しくてページを開くことすらできなかった。

あれから月日が流れ、心の中で何かが少し変わったのかもしれない。

2025年5月、ようやくこの本を購入し、お気に入りの１冊となった。

今では、絵本作家・おがわひろきが目標とする１冊でもある。

 

実話をもとに制作された心温まるストーリー

まず注目したいのは、表紙だ。

成人男性と小さな子どもがバス停に立っている様子が、温かなタッチのイラストで描かれている。

その上に添えられたタイトルは『バスが来ましたよ』。

……お気づきだろうか？

絵本なのに、タイトルにも本文にも「漢字」が使われているのだ。

とはいえ、本文にはすべてにきちんとルビが振られているので、ご安心を。

さて、気になる中身はというと——

進行性の目の病気で視力を失った山崎さんが、地元の小学生に助けられながら通勤バスに乗り続けた日々を描いている。

子どもたちがかけてくれる「バスが来ましたよ」という声は、やがて学年を超えて引き継がれていく。

小さな親切のバトンが静かに広がっていく、心あたたまる物語だ。

実話をもとにしたフィクションであり、大人の心にも深く響く１冊である。

小さな親切が誰かを幸せにする

「バスが来ましたよ」と声をかけることは、特別な知識がなくてもできる。

それだけで誰かの不安を和らげ、幸せな気持ちにさせる力がある。

もし、このバス停に他の人たちもいたとしたら——

きっとその人たちの心も、ほっこりあたたかくなっているのではないだろうか。

朝からそんな優しい場面に出会ったなら、その人もきっと、誰かに親切を届けたくなる。

この本には描かれていない場所でも、きっと同じように、小さな親切と大きな喜びが連鎖している。

そう思うだけで、なんだか嬉しくなる。

そして、自分も誰かに優しくしたくなる。

そう。親切は、静かに、でも確かに広がっていくのだ。

この本を読むと、いつもよりほんの少しだけ勇気を出して、誰かに親切ができる。

そんな優しい力が、この物語には込められている。

ボクの、そしてあなたの背中をそっと押してくれることでしょう。

 

子どもから大人まで幅広い人の心をつかむこの本は、社会に優しさの種を蒔く、貴重な１冊です。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。