【書評】本の虫 小川の本棚 「涙の箱」presented by Book cafe & bar Sen 109

作品名：涙の箱
著者：作 ハン・ガン　訳 きむ ふな
出版社：評論社

韓国人作家が描く、涙をテーマとした大人のための童話

2024年、アジア人女性として初めてノーベル文学賞を受賞したのが、韓国の小説家ハン・ガンだ。

そんな彼女が紡いだ「大人のための童話」が、この『涙の箱』である。

日本版の装丁と挿絵を手がけたのは、世界的な人気を誇るjunaidaさん。

この表紙に惹かれて、思わず手に取る人も多いだろう。

正直に言えば、ボクは普段あまり海外作品──いわゆる訳本を読まない。

それなのに、この本だけは迷わず手に取った。

理由は、目を引くタイトル、美しい装丁、そして帯にある「大人のための童話」という言葉。

しかも、それをノーベル文学賞作家が描いているとくれば、読まない理由はない。

読み始めて、すぐに驚いた。

訳本特有の言い回しや硬さがなく、すっと物語の世界に入れたのだ。

だからこそ、ボクのように“訳本アレルギー”がある人にも、安心して手に取ってほしい。

全85ページという読みやすさも魅力だ。

1時間もあれば読み終えることができる。

それでいて、読み終えたあとには、美しさと余韻がじわりと残る。

美しさと余韻に満ちた、大人のための童話がここにある。

ボクは「黒い服の男」なのかもしれない。

この世で最も美しく、すべての人のこころを濡らすという「純粋な涙」を探す旅。

この本を読みながら、ボクは何度も立ち止まり、胸の奥の奥を突かれている感覚になった。

物語は、特別な涙を流すひとりの子どもと「涙を集める人」の出会いから始まる。

雨の前の湿った風や、しわくちゃの手の温もりに触れただけでこぼれる澄んだ涙。

その描写が、もう、目に浮かぶように鮮やかで、胸に静かに沁みてくる。

やがて「純粋な涙」を探す黒い服の男が現れ、物語は淡くも深い旅に出る。

読んでいると、ただの童話ではないことにすぐ気づく。

怒りも、恥ずかしさも、汚さも、すべてを抱きしめたときにこそ生まれる涙の美しさ――

そのメッセージが、柔らかい文章の奥にしっかりと根を張っている。

そして、まさに黒い服の男が自分に重なるのだ。

２００８年に韓国で刊行され、子どもから大人まで長く愛されてきた作品。

ただ温かいだけじゃない。痛みを通ってきたからこそ光を知っている物語。

読み終えたあと、自分の中の涙にも、きっと少し違う色が混ざっているはずだ。

「いつか描いてみたい」という気持ちが込み上げてきた。

あまり知られていないが、ボクは絵本の文章作家としても活動している。

しかもその絵本は、小さな子ども向けというより、大人も楽しめる物語が多い。

最近は「大人のための絵本ライブ」という活動まで始めてしまった。

はい。ボクは大人を感動させたいのだ。

そんな想いが膨らんでいたところに、この作品と出会った。

「大人のための童話」がちゃんと存在することを知り、自分も描いてみたい――そう思わされた。

それだけじゃない。読み進めるうちに、「こんな設定だったらどうだろう」という案まで浮かんできた。

つまり、この本は創作意欲のスイッチを押してしまったのだ。

そして気づいた。

この胸の奥まで染み込む感覚は、童話だからこそ味わえるものだということ。

子どもの頃では気づかなかった深さや重みが、大人になった今だからこそ、心の奥にまで沁みてくる。

一冊の本が人にもたらす影響は、やっぱり計り知れない。

その事実を、この物語が静かに、でも確かに教えてくれた。

短い文章だからこそ、大事なことがギュッと詰まっている。
読めばきっと、たくさんの人の心を鷲掴みにする──そんな感動の一冊です。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）か出版。毎週金にスマヒロで書評を担当

楽しく生きるためのヒントが詰まったこの１冊は、未来の自分に期待をさせてくれるかもしれません。