【書評】本の虫 小川の本棚 「きみは悪口を言わない」presented by Book cafe & bar Sen 118

作品名：きみは悪口を言わない
著者：真下みこと
出版社：光文社

何度も本屋で見かけ、ついつい買ってしまった

この本の存在は、地元の本屋でもSNSでも、しょっちゅう目にしていた。

タイトルに惹かれ、「読んでみたいな」という気持ちはあったものの、なぜか購入までには至らなかった。

“いずれ読むだろう”という気持ちは心に奥に眠っているのだった。

そんな中、流れを変えたのは“とある出張”だった。

ボクは出張の際、読みかけの本や気になっている本を２〜３冊バッグに入れ、さらに旅先の本屋で数冊買い足すのが恒例だ。

非日常の空気に触れることで、読む本の感性も変わる気がしていて、それ自体が楽しみになっている。

いつものように立ち寄った書店で、再び『きみは悪口を言わない』を見かけた。

その瞬間、「はい、今がタイミングですね」と言わんばかりに、手が伸び、気づけばレジに向かっていた。

ここまで気になっていたのに手に取らなかったのは、もしかすると“読むタイミング”を探していたからかもしれない。

本は、必要なときに手元へやってくる。

今回、その感覚を久しぶりに味わった。

出張から戻り、本を開いてすぐに「買ってよかった」としみじみ思った。

長く気になっていた一冊だけに、満足感もひとしおだった。

子どもの“世界”は思っている以上に狭い

学校と家だけで構成された、たったふたつの小さな社会。その中で起きる出来事は、ときに大人の想像をはるかに超えて心を揺らす。

小学三年生のあきらも、まさにその真っただ中にいる。

最近、学校に行くのがちょっと憂鬱で、なんだか恥ずかしい。原因は――お母さん。

登下校の安全を見守る「見守り隊」の隊長になり、毎朝張り切って立っているからだ。

親としては誇らしいことなのに、子どもにとっては「ただただ恥ずかしい」。

あきらの気持ちが痛いほどよくわかる。

そんなある朝事件が起きる。

お母さんの目の前で、人気者の同級生・達哉くんが自転車にはねられてしまうのだ。

その日を境に、あきらはクラスで浮き始める。

「おまえの母ちゃんのせいだ」

そんな心ない言葉が、幼い胸に突き刺さる。どうしてこうなったのか。どうすればいいのか。
そもそも自分はなぜ苦しいのか――。

あきらは言葉にできないまま、狭い世界の中で必死にもがく。

そして、“かつて子どもだった大人”であるボクらの心を静かに震わせる。

ちいさな手で、目の前の問題をどうにか解決しようとする姿が、ぐっと胸を掴む。
彼らの心は透明で、脆くて、まっすぐで、抱きしめたくなる。

読み終えたあと、「あの頃の自分にも、こんな苦しさがあったな」
そんな記憶がそっとよみがえる。子どもを知りたい大人に。子どもだった大人に。

静かに涙がこぼれる、傑作の感涙小説です。

連作短編で読みやすく、あなたに合ったストーリーも必ずあるはず

この作品は、５つの短編ストーリーから構成されている。

最初の「見守り隊見習い」は、読んでいて胸がざわざわする瞬間もあるのだが、最後はちゃんとほっこりエンド。
読み終えたとき、じんわり心が温かくなる物語だった。

特徴的なのは、次の作品からまったく別の人物が登場する――わけではないということ。

同じ学級の“クラスメイト”たちが、それぞれの物語で主役になっていく。

だから、話が変わっても登場人物はどこかでつながっていて、この教室の空気や友情の匂いがずっと続いていく。

読み進めるほどにワクワクが増し、この世界にどっぷり浸れる仕掛けになっている。

もちろん、どこから読み始めても問題ない。
興味のある話からつまんでもいいし、最初から順番に味わってもいい。

短編で、読み方も自由。
そういう意味では、とてもハードルの低い１冊だと思う。

どの章にも “やさしさ” がしっかり詰まっている。

誰かの痛みを想い、そっと寄り添う視線がある。

読んでいるこちらまで、少し優しくなれた気がするのはそのためだろう。

こんな優しさが、この世界にもちゃんとある――
それを静かに教えてくれる、あたたかい短編集です。

要注目作家の新境地のこの小説は、簡単必至の渾身の１冊です。

Profile#

小川 洋輝 | ブックカフェ「Sen」オーナー
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen（せん）」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー！』（みらいパブリッシング）を出版。毎週金にスマヒロで書評を担当。