帯広と音更で2つの障がい福祉施設を運営する小川洋輝さんは、一般社団法人青鳥舎の代表を務める傍ら、ブックカフェを運営。マスター兼店員として、訪れる本好きとのやり取りやときには悩み相談も受けるそう。さらに、2023年には絵本作家としてもデビュー。いくつもの顔を持つ小川さんに、十勝や障がい福祉への想い、マルチタスクをこなす原動力を伺いました。
PROFILE
小川 洋輝 | おがわ ひろき
1985年、北海道幕別町出身。高校を卒業後、福祉施設にて勤務。知的障がい者の入所施設や就労支援施設、障がい児の通所施設の経験を経て一般社団法人青鳥舎を設立。 障がい者の親が安心して死ねる社会を創るために 障がい者雇用のコンサルテーションや障がい福祉サービス事業所のコンサルテーションを行う。2015年10月より自ら障がい児の通所施設を開設。障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen(せん)」は2022年4月オープン。23年、絵本『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー!』(みらいパブリッシング)か出版。
ひしひしと伝わる「十勝全体の福祉を底上げしたい」という思い
小川さんが代表を務める一般社団法人青鳥舎は帯広で「ことのは」、音更で「おとのは」という福祉施設を運営。「ことのは」「おとのは」は障害を持つ子どもたちのための放課後支援施設で、帯広市にある「ことのは」は1日あたり10人、音更町の「おとのは」は1日あたり15人を受け入れています。
「いわゆる放課後等デイサービスのようなもので、学校が終わったあと、障害を持つお子さんが施設に来て、療育訓練をし、自宅に帰るまでの時間を過ごしています」(小川さん)
放課後等デイサービスとは障害を持つ小学生から高校生までの子どもたちを預かり、療育を行う場所・施設。療育とは、障がいのある子どもや、その可能性のある子どもに対し、個々の発達の状態に応じ、困りごとの解決や、将来の自立や社会参加をめざして発達支援をするのだそう。
「十勝には、さまざまな障がい福祉施設がありますが、十勝の福祉全体を良くしたいと思っています。そして、十勝の福祉って全体的にレベルが高いよね、と言われるようになるのが夢です」と熱く語る小川さん。さらに、こうも続けます。「今、私の中では、自分の事業所をよくすることの次のステージである、福祉業界全体のことに意識を向けています。今日はそのための取り組みを説明したいです」と……。
障がい福祉のレベルを上げる方法はわかるが時間と労力が半端ない!だから……。
「十勝の福祉を良くしたい」という小川さんは、障がい福祉サービスの質を向上させるには問題点があるといいます。「たとえば、保育士さんは免許を取得して現場に出ていますし、高齢者の介護においては初任者研修や実務者研修などがあります。それに対し、障がい福祉サービスの場合、責任者は資格が必要になりますが、それ以外のスタッフは資格の取得を必要とされません。そのため、スキルや知識が一定せず、残念ながら中にはモチベーションの高くない人もいます。さらに、障がい者への関わり方を知らないために、無意識のうちに虐待につながってしまうケースもあるんです」。
小川さんの問題意識は留まりません。
「こうした問題点を解決するには、たとえば、帯広市の初任者研修制度をスタッフが受けない場合、その事業所に減算(報酬の削減)を課すといったペナルティを設けるような方法もあるかもしれません。いきなりそこまでするのは難しいとしても、働きはじめて半年以内に3、4時間の研修が受けられるようにするといったことでも、全体のレベルアップにつながると思います」と解決策を話す小川さん。
とはいえ、行政を動かすには時間と政治的な力の両方が必要。
そこで、障がい者福祉について想いをめぐらせている小川さんは、行政による研修制度の導入に期待を寄せつつも、自身でもできることを、との思いから、ブックカフェを立ち上げました。
本好きの人はもちろん、福祉の相談もできるブックカフェ
障がい福祉や子育て関連の専門書などが並ぶブックカフェ「Sen(せん)」は2022(令和4)年4月、帯広市内にオープン。読書好きの小川さんが、自分が読んだ面白い本をほかの人にも読んでほしいという思いもあり、店内に自らの蔵書を運び入れ、営業を始めたと言います。
「福祉活動では、よくケア・カフェというイベントを開催します。介護や福祉活動に関わっている人たちが集まって語り合う形式のものが多いのですが、それだと勤務の都合で来られない人もいます。また、第5回ケアカフェと言われても、一度も来たことのない人は「顔見知りの人どうしで話をしているのではないか」という気になって、足を運びにくいかもしれません」と語る小川さん。
「そこで、おしゃべりしたかったらしてもいいし、相談したかったらそうしてくれてもいいし、コーヒー1杯飲んで本を読むだけでもいい、そんなカフェにしました。面白い本を紹介してほしい、と言われるかと思ったら、逆にお客さんから、おすすめされることが多く、そんな本が何十冊も積読になっています」と言って、小川さんは笑います。
訪れる方は、本好きの人以外に障害を持つお子さんのことで相談に来るお母さんなど、保護者の人たちも少なくありません。ブックカフェの営業中、小川さんが店員として常にいるので、相談したい人はぜひ、足を運んではいかがでしょう。
オープンから1年が経ち、今では小川さんたちによる療育を受けていたお子さんが成人し、お店で掃除を手伝うことや、事業所(ことのは)で料理を手伝うこともある。そうすることで、「うちの子も将来、ああやって働けるかしら?」と障がい者雇用のイメージをふくらませる保護者の方もいるそう。
ブックカフェ&バー「Sen」
帯広市西16南5-24
営業時間:19:00〜23:30(不定休)
電話:090-9755-6179(小川代表)
※インスタグラム「book_cafebar_sen」で情報発信しています。
障がい福祉の啓蒙をしのばせた絵本づくり
小川さんが取り組んでいるのは、放課後等デイサービスとブックカフェの運営だけではありません。それが、絵本づくりです。『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー!』(みらいパブリッシング)は多様性をテーマに、7年がかりで出版化。ページをめくるたびに、何が出てくるかワクワク、ドキドキおたのしみの絵本です。
「いも掘りの絵本といえば、ほとんどがさつまいもなのですが、この絵本はじゃがいも。私たちは十勝で生まれ育ったので、じゃがいも掘りにしたんです」と胸を張る小川さん。
「発達障害、自閉症など、さまざまな障害を前面に扱うと、一般的な絵本ではないから、と手に取ってくれる人が減るかもしれません。それでも、障害のある子がサブキャラ(サブキャラクター)として登場するような、間接的に障害や障がい者福祉を啓蒙する絵本をこれからも作っていきたいですね」と、小川さんは未来を見据えて語ります。
十勝の福祉を良くすること。放課後等デイサービス、ブックカフェ、絵本づくりなど、多彩な魅力を持つ小川さんですが、根本はひとつなんです。すべての活動は「十勝全体の福祉を底上げしたい」につながるというわけです。
『やっちゃれ ほっちゃれ もっきっきー!』
さく おがわひろき
え すみもとななみ
みらいパブリッシング
1,540円(税込)