みなさん、北海道は農薬を使わずに薬用植物を栽培出来る優良な土地ということを知っていますか。とはいえ、薬用植物はハーブのように薬以外の活用方法もありますが、加工するのが難しく、取り扱う人は少ないのが現状です。今回は、大都市から北海道十勝に移住し、栽培から商品加工までに取り組む日向優さんをご紹介します。
薬用植物の栽培は北海道が最適ですが、商用化が難しいんです
病気の際に処方される西洋薬は、速効性はあるものの科学的な物質から作られており、明らかな症状がなければ処方されません。
一方で、漢方薬は病気になる一歩手前の身体に不調を感じた際に使うことができ、植物から作られているという安心感もあります。
この漢方薬の元になるのが薬用植物です。
栽培方法が特殊な薬用植物は使える農薬が少ないという難しさはありますが、北海道の冷涼な気候であれば、寒さのおかげで虫が付きにくく、病気にもなりにくいのです。
とはいえ、気候が適していたとしても、栽培方法が特殊のほか、一般の農業知識以外の薬事法や成分に関する知識も必要です。
薬という専門的な知識に加え、栽培手法や気候に適した農業知識も必要な薬用植物。わざわざ、それを商品化して「ビジネスに」と考える人は少ないでしょう。そんなブルーオーシャンに挑む奇特な方こそ、今回の主役である日向優さんです。
「薬剤師の資格が十勝で生かせる」と地方(陸別)移住した日向さん
日向さんは、北海道札幌市出身。北海道大学で薬学部を専攻。大学卒業後は大阪の製薬会社に勤務・研究をしていましたが、30歳を超えた頃に今後の生き方を考え、ちょうど大阪で行われていた移住フェアで北海道十勝・陸別町の担当者と出会います。
「薬用植物と陸別の関係性は知りませんでしたが、担当の方が『とりあえず来てほしい』と言うので行ってみることにしました。陸別町は、酪農と林業が基幹産業で畑作はありません。ところが、薬用植物が育ちやすい気候だということで、町をあげて試験栽培を試みたところだったんです」(日向さん)
陸別と薬用植物の関係性を知った日向さんの脳裏に「薬剤師の知見が生かせるのでは?」とよぎります。
「実は、地方移住は妻とも検討していたんです。ただ、もし移住するのであれば『自分たちが必要とされる場所に行きたいね』と思っていた矢先に陸別町との出会いでした」と振り返る日向さん。
すぐに、同じ職場で働く奥さんと相談し、地域おこし協力隊として陸別への移住を果たします。十勝陸別町の印象はどうだったのでしょう。
「十勝は、晴れの天候が多いというイメージが強く、広島県出身の妻も十勝の青空や広大な畑が広がる景色にすぐに魅了されていました。冬が来て、雪が降り積もることで一変する冬の景色も好きになりました」
薬用植物栽培と商品化に挑む薬剤師
地域おこし協力隊として働く中、定住するためにビジネスチャンスを伺う日向さん。まずは陸別町がはじめた薬用植物の栽培からはじめます。
「家庭菜園すらやったことがなかったので、農業は完全な素人です。様々な方から手解きを受けながら、ゼロから勉強していきました。あれから5年。やっと本物の農家さんに、少しは近づけたかなと思えるほどです、それでも薬用植物の栽培法や商品化のための利用法など、一般の農業の知識以外に薬事法や成分に関する知識が必要なので、経験は生かせていると実感はしています」(日向さん)
陸別町が目指したのは薬用植物を漢方薬向けに育てることでした。ところが、栽培を続ける中、日向さんの脳裏には「薬用植物をもっと一般向けに展開できたらビジネスチャンスに繋がるのでは」と食品として売り出すことを前提に、育てたオウギをお茶にしたり、高麗人参をキャンディにして、「もっとPRしていこう」と周囲に声をかけていきました。
「なかなか上手くいきませんでしたね。漢方向けの原材料として育てることが目的だった薬用植物を商品化、マーケティングなどやることは満載ですから」と当時の様子を振り返る日向さん。
悶々と悩む中、地域おこし協力隊としての任期満了が差し掛かります。
「まだここでやり続けたい。これまでの経験を生かしたい」と起業を決意。社名は「薬用植物を種から栽培し、加工販売までを行いたいという思い。何もないところから新たな産業を生み出す種という思いを込めて『種を育てる研究所』という名前にしました」(日向さん)
LAND(とかち財団)との繋がりが起業を後押し
決意とは裏腹に、起業のハードルは思った以上に高く、地域おこし協力隊の任期満了が近づきます。
そんな時、十勝・帯広に地域の事業創発を後押ししている、とかち財団の存在を知ります。そして、同財団の支援事業や同財団が運営するコワーキングスペース「LAND」に興味を持つようになります。
日向さんはすぐに自身のアイデアを「R2年度十勝人チャレンジ支援事業(現とかちビジネスチャレンジ補助金)」に応募し、見事に採択されます。
「この事業に採択されていなければ起業していなかったと思いますよ。何より、自分のアイデアが面白いと思ってもらえ、認められたという喜びと自信にも繋がりました。これで自分の経験が生かせるとも思えたことにも感謝しています。提出前も、LAND(とかち財団)の方々に事業プランを相談し、プランをブラッシュアップさせていくこともできましたし、何より十勝地域のいろいろな方々と繋がることができたということが大きかったです。時には厳しい意見も頂戴しましたが、そもそも起業経験もない自分にとっては、すべてがありがたい経験であり現在の糧にもなっています」(日向さん)
補助金では、三種類の薬膳スープの試作といった商品開発や、テストマーケティングを実施することができたそう。
十勝は薬用植物の商品化のブルー・オーシャンです
現在、栽培している薬用植物・ハーブ類は約20種類ほど。その中からいくつかピックアップしてブレンドティーにして販売。本来、根の部分を生薬として使うキバナオウギを葉の部分だけを使ってお茶にしたものはとても珍しく、人気商品になっているそう。また精油は、アカエゾマツ・トドマツを加工して商品化。「徐々に商品群が増えていきました。マーケティングの結果から、市場での商品価値を想定して進められています。北海道では薬用植物を漢方向け以外で商品化し、事業展開している例が極めて少なく、全国的にも非常に珍しいので勝機はありますよ」と笑みを浮かべます。まさに、十勝は薬用植物の商品化ビジネスにとってはブルー・オーシャンでした。
日向さんの活躍は、十勝を超えて北海道全域に広がりはじめました。
「北海道全域のテレビ取材もしていただき、問い合わせも増えています。最近では、十勝外の北見の大学と研究機関と一緒に薬用植物に関する研究を共同で行ったりもしています。これは、陸別という北見圏と接している利点だと思います。おかげでオホーツク地域にもたくさんの知り合いができました」
ブルーオーシャンだからこそ、日向さんのすべての挑戦がビジネスチャンスに繋がっているのでしょう。気になる次の一手について、日向さんはこう話して締め括ってくれました。
「今は食品をメインとしていますが、化粧品の製造施設を作り化粧品の販売もしていきたいです。化粧品の製造施設の総括製造販売責任者になれるのは薬剤師やそれに準ずる教育を受けた者のみです。道東には薬剤師が少ないので化粧品開発が出来る施設がなく、どうしても道東以外に製造を依頼しなくてはいけません。以前、ハンドクリームを試作する時にも札幌に頼みました。道東に製造工場が出来れば、原料の栽培から加工までを道東内で完結できる。お金が回る仕組みが出来上がります。他にも、染め物に使える薬用植物を使って、親子で楽しめる染物キットを作るなど、薬用植物をもっと一般の人に身近に感じてもらえるような商品を作っていきたいと考えています」
誰も手をつけなかった薬用植物の栽培、商品化の一貫ビジネス。日向さんが掲げる目標や展開案のすべてがチャンスであり、新産業の創出に繋がります。
スマヒロでは、これからもタネラボhttps://tanelab.theshop.jp/・日向さんの未来を記録し続けていきます。
【PROFILE】
日向 優|YU HINATA
種を育てる研究所 代表
札幌市生まれ。2006年に北海道大学薬学部を卒業し、薬剤師免許を取得。大学院在学中の2008年にマサチューセッツ工科大学(MIT)化学科に短期留学。2011年に北海道大学にて博士(生命科学)取得後、塩野義製薬株式会社に入社。2017年から陸別町地域おこし協力隊として町の新事業支援に携わり、2021年に種を育てる研究所を設立。
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