「自然の背景に馴染む服を作りたかった」。そう語るのは北海道十勝の芽室町で、自然素材を用いた洋服ブランド“Sjunde himlen.(ヒューデ・ヒムレン)”を展開するデザイナー・小野寺智美さん(oto design代表)。十勝の風景と、そこで暮らすひとびとの生活に馴染む洋服を手がける小野寺さんの視線の先に映る想いを聞きました。
自然素材の洋服。アパレルブランドSjunde himlen.(ヒューデ・ヒムレン)とは
小野寺さんとはじめてお会いしたのは、当社「株式会社スマヒロ」が立ち上がるちょうど1年前。2021年の夏でした。そこは地元金融機関の建物内。小野寺さんは、起業家を育成するプログラム「とかち・イノベーション・プログラム」のサポーターとして待っていました。
天然染料で染めたであろう色、オーガニック素材を使った洋服に身を纏い、建物の窓の奥に見える十勝の風景に馴染んだ姿を忘れることはありません。
「はじめまして、事業構想の支援させてください。絶対、面白くなりますよ。頑張りましょう」と自然な笑顔で、難しいことをナチュラルに言ってのけるのが小野寺さんです。
そんな、小野寺さんが手がけるアパレルブランドが“Sjunde himlen.”(ヒューデ・ヒムレン)。聞けば、スウェーデン語で”Sjunde”は『7』、”himlen”が『空』で、”Sjunde himlen.”とは『7番目の空』という意味だそうです。
「1から始まって7番目辺りにある遠い理想的な空・理想的な自分にいつか辿り着きたい。私がつくる服は、その想いに寄り添うように着られる服でありたいという願いを込めているんです」と小野寺さん。
Sjunde himlen.の洋服は、すべてが自然(天然)素材で作られているそうで、理由を聞くと「自然素材で作った洋服は、着る度に馴染んでいき、何年も長く着られるんです。7番目の空という理想に近づくまでずっと一緒にいるための洋服ですから」と理路整然と語ります。
自然素材の洋服。Sjunde himlen.が誕生するまで
なぜ「7番目の空」を目指したのでしょう。それを小野寺さんの経歴から紐解いていきます。
釧路市生まれ、帯広市育ちの小野寺さんが、デザイナーの道へと舵を切ったのが。高校を卒業して入学した札幌ファッションデザイン専門学校のときでした。
「学生時代は作っていた服の素材はテカテカしたものが多かったです。ファストファッションが台頭した時代。トレンドを取り入れた洋服を好んでも着ていました。幼い頃からモノが溢れているなかで育ち、欲しいものをたくさんの選択肢の中から選べる世代でした。そのままの勢いで、洋服を作りたいと専門学校でデザイナーの勉強をしている最中です。ふと、セールの洋服が無造作にかごに入っている姿を見て『服がかわいそう』と思えたんです。その想いはどんどんと高まり、いつしか服の廃棄問題にまで行き着きました」(小野寺さん)
アパレル業界は、トレンドの変化が早くシーズンが過ぎれば、一気に売れなくなり在庫の山となります。在庫を処理するために、大幅に値下げして販売する行為は、ブランド価値を落とす恐れがあることから、値下げ販売をせずに「廃棄」を選ぶアパレル企業も少なくありません。
「せっかく作られた服が未使用のまま捨てられてしまう。現代のファッションビジネスの大半は、たくさん作って、たくさん売って、たくさん捨てる。作り手からすると、とても悲しいことです」(小野寺さん)
まさに、現在のSDGsの考えでした。無駄に作り、廃棄する。それを続けていけば、将来、資源は枯渇し今と同じような服作りは難しくなるでしょう。
小野寺さんは「自分が作るべきものはなんだろう」と自問自答を繰り返します。
長く着られる服とは?その答えは幼少期の原体験にありました。
「幼い頃、お気に入りの服で出た発表会。アルバイトでお金を貯めて購入した大切な1着。服の上に思い出が重なることで、その洋服たちは大事な一着になっていくと思うんです。服は人に長く寄り添うものであるからこそ、これから生きていく上で、自分がどういう人間になっていきたいのか、そしてこの服がどこから来て誰が作ってくれたのかという想像力を掻き立てるものを作っていきたいと考えました」
そんな想いに馳せる小野寺さんの出した答えを実現する手段が、自らのアパレルブランドを立ち上げることでした。
「ずっと長く服を着てもらうためには、耐久性や馴染ませるには強度が必要と、たどり着いたのが自然素材でした。自然素材を使えば、着る度に馴染み、何年も長く着られる洋服が作れたんです。そして、長く着られることがわかれば、それを着る方々も洋服を大切に扱う暮らしのきっかけにもなるのでは?と想ったんです」(小野寺さん)
そうして、7番目の理想を追いかけるという意味を込めてSjunde himlen.と命名。専門学校を卒業後、2014年に富良野市でアトリエショップをオープンさせるのです。
自然素材の洋服。Sjunde himlen.を富良野でスタートさせた理由
「自然素材を使った洋服は、自然の背景に馴染む服が良いと思ったんです」と何度も語る小野寺さん。
富良野を選んだ理由は、小野寺さんが訪れた際に感じた「ここで生活することは、まさに自然のなかで生きること」と、テレビや映画で大人気の映像作品「北の国から」の舞台でもあり、北海道の中でもっとも自然が豊かな印象の強さからでした。
自然豊かな富良野で自然素材の洋服を作り続けて4年。暮らしの中で着るという洋服は、いつしか、生まれ育った「十勝にも馴染ませたい」という想いに繋がったそう。
「富良野と十勝はそれほど遠く離れてはいません。里帰りをするなかで、十勝にあう洋服を作りたいと思うようになりました」。
そして、2018年から帯広に拠点を移し、2020年には隣町の芽室町で店舗をオープンさせます。
「十勝に移ってからは富良野とは違った景色が広がっていたので、十勝に寄り添う服のデザインへと変化していきました。具体的には、十勝・帯広は人口も多く、富良野より都会的なものが少し増えたと思います。月日が経つにつれて、十勝を舞台に、十勝らしいブランドにしていきたいという想いが強まっています」と小野寺さんが語る通り、自然の風景に馴染む自然素材の洋服作り。いつしかそれは、富良野や十勝の自然の背景に合わせる形から、地域の風土や住んでいる人々の生活そのものに合わせる服へと変化していきます。
「十勝に戻り、多くの人たちと交流を持つようになりました。私は洋服という形で十勝の風景に馴染み、人に寄り添える服を作ることで、コミュニケーションを図ってきました。他にも、住む家や食べるといった分野で、十勝に寄り添う人たち、そうしたみなさんとの出会いから、今では衣食住という単位で、一緒に活動したいと思えるメンバーが増えてきたんです」(小野寺さん)
活動の分野を広げることで、いつしか小野寺さんはライフスタイルを提案するデザイナーへと変化を遂げていきます。
冒頭の起業家を育成するプログラム「とかち・イノベーション・プログラム」のサポーターという役割もそのひとつだそう。
自然素材の洋服。Sjunde himlen.が広げるコミュニケーションの輪
活躍の場を広げる小野寺さんのコミュニケーション能力は、リアルからSNSの世界にも広がっていきました。
「ショップで洋服を買ってくれたお客様との情報交換のツールとしてLINEを活用してきましたが、それが、いつしかLINE会員コミュニティとなりました。Instagramも同じです。交流することで、着てくれるお客様のライフスタイルを知り、ときには提案をいただき、交流する皆さんに寄り添う洋服デザインとして生かされています。今では全国各地に交流の輪が広がり、新たなデザインを生み出す原動力となっているんです」(小野寺さん)
今では、Sjunde himlen.のデザイナー小野寺智美として、インターネット(SNS)で全国と繋がり、十勝ではリアルな交流の輪を広げ、多くのイベントを開催するまでに……。
「十勝や札幌の作家さんを呼んで、そこにしかないマーケットを作りたいという想いから、多くのイベントを開催させてもらっています。2022年は芽室町の新嵐山の森の中で「暮らしの彩り」というイベントを行いました。私がイベントで大事にしているのは、暮らしの中にゆとりを見つける余白です。忙しく生活する中で、ゆとりを感じられる場所として感じてもらえるイベントを心がけています。無理せず、笑顔で参加できる場所として」
自然素材の洋服。Sjunde himlen.の想いはとかち財団に届きます
十勝に戻り、ひとの輪を広げる小野寺さんの活躍の声は「公益財団法人とかち財団」にも届きました。とかち財団が運営するスタートアップ支援スペース「LAND」。そこには、十勝発の新たなビジネスプランやアイデアを実現したいと思う多くの挑戦者が集まってきます。人の輪を広げる小野寺さんが、LANDを知るのに時間はかかりませんでした。
「とかち財団・LANDに足を運ぶことで、LANDの相談員の方々からは、協力できそうな人を紹介していただいたり、どういった人と協力するのが良いかといった具体的なアドバイスも受けられます。嬉しいのが、私の活動を見て・聞いてからのアドバイスなので、的を得ていて、まさに寄り添った支援。自分でも気づきにくい、自身の位置や想いを再確認できるのが嬉しいですね。LANDに通えば、必ずステップアップできると思いますよ」(小野寺さん)
そんな小野寺さんは、とかち財団の「R2年度十勝人チャレンジ支援事業」(現「とかちビジネスチャレンジ補助金」)の採択を受け、十勝をロケーションとした背景のカタログの作成、アトリエショップのオープン、十勝作家のマーケットイベント開催、QRコードを読み込んでその場でインターネット購入ができる展示会の開催(道内4箇所)といった新たな活動の機会を得ます。
補助金を得たことについて、小野寺さんはこう振り返ります。
「本当にステップアップできました。その機会を頂戴したことに感謝しかありません。実は、当時、出産の関係もあり、一時的に活動を止めていた時期でした。再始動ができるのだろうかと不安を抱いていたタイミングでの採択でしたから、まさに転機となりました。カタログの撮影も、それまでは札幌で撮影していましたが、十勝の素晴らしいカメラマンやデザイナーとも出会え、道内を周る展示会の開催にも活用でき、より多くの方々と繋がることができました」
まさに、十勝での活動の輪を広げられたのは、LANDという場所ときっかけがあったからでした。
自然素材の洋服。Sjunde himlen.の現在と未来
自らの想いと努力とバイタリティで人との縁を繋げ、LANDという場所から活動の輪はさらに広がっていきました。
「オリジナル素材で服を作りたい」と素材の染めを依頼できる会社を探していた時です。
「十勝本別町産の玉ねぎの外皮と阿寒湖温泉の温泉水で洋服の染色を行なっている合同会社ノーサムさんのことを教えてもらい、すぐにお願いしました。するとオレンジ色と茶色の2色に生地を染色してもらえ、それが本当に綺麗に仕上がったんです」と話す表情からは、理想を見つけた喜びでいっぱいの様子が伺えます。
小野寺さんの喜び溢れる言葉は止まりません。
「新たなクリエイションの段階に入れたんじゃないかなと思っています。その後も、別のご縁から本別町の新規就農者の方とコラボした十勝産亜麻を使ったリネン素材の開発を進めたいと思っています。十勝産亜麻を使ったリネン素材で服を作るということは、ブランドの立ち上げ当初から思い描いていた理想でした。いまは構想段階で、亜麻自体の生産量が足りなく、なかなかすぐには服の製作までには辿り着けないという状況です。今後賛同してくれる方が増えていって、大きなプロジェクトとして動かしていけたら良いなと思っています」と将来を語る小野寺さんの姿は、もはやデザイナーではなく事業を展開する経営者そのもの。
『7番目の空』という意味が込められたSjunde himlen.。インタビューの終盤、いま、小野寺さんが見ている空は何番目なのでしょうと切り出そうしましたが、まだ番号を聞く時ではない気がしたので止めました。
デザイナーから経営者として眺める「空」は違う番号だと思ったからです。
今後も、スマヒロではデザイナーではなく、経営者としての小野寺智美さんの7番目の空に届くまでを追いかけていこうと思います。
【PROFILE】
小野寺 智美|TOMOMI ONODERA
oto design 代表
釧路市生まれ。幼少期から高校卒業までを帯広市で過ごす。札幌ファッションデザイン専門学校を卒業後、2014年に富良野市でアトリエショップをオープンし、洋服ブランドの運営をスタート。2018年から帯広に拠点を移す。2020年には芽室町で店舗をオープン。”十勝にはお互いに応援しあえる横のつながりや、安心感がありながら挑戦し続けられる環境がある”
【INFORMATION】
Sjunde himlen.公式サイト
webshop. / HIMLEN 07 store.
Sjunde himlen.公式Line
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小野寺智美|note
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