帯広で映画を観た!シネマ de 十勝は、帯広で働く腐女子。「総統」と呼ばれた女子が、身の回りの幸せ(美味しいご飯・趣味・脳内妄想など)で足るを知る小市民として、十勝の観光文化検定(とかち検定)上級合格の実力を発揮しつつ、帯広・十勝の話をしつつ、映画を語るコラムです。今週の映画は『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』です。
前回のコラム「帯広で映画を観た!」はコチラ
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を観た
ホアキン・フェニックス主演、『ジョーカー』の対をなす続編『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』を見てきました!
(以下作品タイトルは『ジョーカー2』と簡略表記させていただきます)
「フォリ・ア・ドゥ」はフランス語で「二人狂い」。
一人の「妄想」「幻想」がもう一人に伝染する、ひいては複数人が共有していく「感応精神病」を示すそうです。
バッドマン登場以前のゴッサムシティにおいて、「ジョーカー」という悪役が登場し、社会現象化した前作を閉じる本作品。
前作で五人の殺人を犯したアーサー・フレック(ホアキン)=ジョーカーの裁判で、弁護士は二重人格による無罪を主張しようとするが――。
主な舞台は、ゴッサムシティ――といっても主人公が収容されている刑務所のような病院と、陪審員裁判の行われている法廷がメインです。
これを見ると、『ジョーカー』は「陪審員(観客)に提示される事件概要」としての前段、という対の仕方をしています。
前作の記憶が薄くても大体のことは作中で説明されて何とかなったので、前作を見ていない人も、それほど気にすることはないでしょう。
ネタバレしないギリギリを攻めると、『ジョーカー2』のミュージカルシーンは「フォリ・ア・ドゥ」(「幻想」の共有のために、本当の自分とは乖離し無理をして背伸びした)状態を表現するためにあえて必要な要素だったのではないか、というのが個人の解釈です。
(あるいはジョーカー→アーサー、アーサー→ジョーカーなのか?)
アーサーとリーの2人、ひいてはゴッサムシティの人々の見た共同幻想とは?
アーサー=後にバッドマンと出会うジョーカーなのか?
答えは本編をご覧ください。
賛否両論も納得な「攻め」の映画
といっても、完全受け身で見られる娯楽作とは違い『ジョーカー2』は、「答え」を明確に与えてくれる訳ではない「攻め」の映画です。
アーサーは二重人格だったのかそうでないのかも含め、どう受け止めるかは、観客側に委ねられている部分が他より多いと感じました。
前作の大ヒットとは対照的に、賛否両論が多く興行収入も予想を下回った等言われている本作品ですが。
「そらそうよ!!!!????」
という感想になりました。
その時点で「大衆」向けじゃないよ!!??
(あと「あ〜架空の街での陪審員裁判が見たい!」とか「頭のよくない悪役の話が見たい!」は自分の中にもなかなかない感情で、ニーズはどこにあるのだろうと……)
改めて『ジョーカー2』、決して私は嫌いじゃないです。
好きな部分はうまく言い表せないのですが、賛否で行ったら賞賛の方に属します。
(ホアキンの怪演がたっぷり見られたら、もうOK)
なのですが、どう考えてもターゲット層が狭いのではないかと……。
(むしろ「どの層を想定して作ったんだろう……?」という疑問が)
「英雄の旅(ヒーローズ・ジャーニー)」テンプレートだとか「葛藤・対立からの和解、そしてカタルシスへ」とか「クライマックスへ向け盛り上げどころを作る」といった「型」を意識して作られたストーリーではないし、見た後スッキリするような後味のいい映画でもありません。
セオリーから外れた非王道で、快不快でいったら快の部分はないのに、それでも魅せてくれる。
ただ好きな人は好きでも、気分転換やリフレッシュ用の娯楽作ではないと思うんですよ……『ジョーカー2』。
と、むしろ高め予想の方に驚かされましたよ……。
受け止め側の価値観(映画に求めるもの)と、提供側の価値観に差異があるのはどの分野・どの商品でも当たり前のことなので、賛も否もみんな違ってみんないいんですが。
「フォリ・ア・ドゥ」で、「幻想」を膨らませすぎ勝手に期待しすぎて現実との乖離に失望する(あるいは嘲笑し、あるいは「幻想」を見続ける)登場人物や大衆の無責任さ・残酷さが描かれている作品に対し、「失望した」と言える人が多いのは、なかなか面白いと思っています。
ともあれ、どちらにとっても不幸にしかならない出会うべきではないマッチングを防ぐために、このコラムのようなネットの狭間に落ちている個人の感想を事前に活用していただきたいと、そのように思います。
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が楽しめるのはこんな人
主演のホアキンは、お兄さんの亡きリヴァー・フェニックス(金髪王道美少年)とは系統の違う顔の良さで、兄弟でも別種の味わいがあります。『テルマエ・ロマエ』の北村一輝のように、元はローマ皇帝役が似合う彫りの深い「濃いい」顔立ちです。(『グラディエイター』)
前作『ジョーカー』でアカデミー主演男優賞を獲ったように、「個性派」とか「怪演」という言葉が浮かぶ演技派です。
本作でもかなり減量して臨み、技量が求められる役を見事に演じきっていました。
土台がいいので若い頃の面差しが随所で感じられましたが、贅沢を言うなら顔を生かした役をもっとプリーズ!
(私はマルキ・ド・サドとの交流で感化される神父役だった『クイルズ』が好き!!)
勝手に想像! 「『ジョーカー2』が楽しめるかも?」な人
- レディー・ガガや、ホアキン・フェニックスのファン
- ミュージカルに耐性のある人
- ジョーカーという存在への期待かイメージが薄い人
逆に「『ジョーカー2』の受け皿があるか分からないわ!」な人
- レディー・ガガにもホアキンにも、ミュージカルにも特に興味・関心がない人。
(アーカム州立病院と裁判所のシーン&歌うシーンが多いので、好きじゃない人がどこを見ていたらいいのかは分かりません……) - 鑑賞時「どう受け止めるかはあなた次第です」的な考えさせられる部分のある映画は面倒で、結論まで示してほしい受け身派
(疲れきっているときは私もそういう映画の方が楽で嗜好しています。『ジョーカー2』は重暗さに削られるので、気力・体力に余力のある時に見たい作品です) - ジョーカー・悪役・アメコミ原作の映画に対し「こうでなくでは!!」と確固たるイメージがある人
(「別にリーガル物を求めていないのよね」とか「悪側は正義側を脅かすくらい賢くあってほしい」という人は、激しい解釈違いアレルギーが出ると思います)
注:上記の想定はあくまで私の考える「幻想」「妄想」です。共有しても感応できる保証はありません。
十勝で道化師といえば……「クラウン雪華」
さて、今回も十勝・帯広の話題と無理やりこじつけていきたいと思います。
道化師つながりで、「クラウン雪華(ゆきのはな)」。
台湾発祥のふわふわのミルクかき氷「スノーアイス」です。
ソースやトッピングの違いで、種類は10種以上。
例年5〜10月の間、帯広の森研修センター内のスイーツコーナーで食べることができる期間限定のメニューです。
施設を運営する帯広市文化スポーツ振興財団のPRキャラクターが「ハッピークラウン」であったため、元は「クラウン雪華」という名称で始まりました。
今もその名称での旗が残っており、営業時はセンター前ではためいていますが、スイーツコーナーやホームページでの名称は現在では「雪華」表記になっています。
そう、こちらのクラウンも共同幻想だったかもしれないのです。
この日は、ジョーカーっぽい色合い(?)を求め、パイン&キウイソースを選びました。
訪れたのは勿論映画を見た後なので、シーズン終盤も終盤の10月中旬。
季節的に限界ギリギリでした。(この記事が掲載される頃には提供は終了しているか、間に合うか絶妙なところ)
最初は美味しくても、段々味よりも後半は味よりも寒気が勝り……無力さや、突きつけられた現実の残酷さを噛みしめるアーサーくらい震えていました。
PROFILE
三崎 裕美子 | 腐女子 / 総統
1980年生まれ。北海道帯広市出身|釧路→新橋のサラリーマン(港区女子)→などを経て基本帯広で働く腐女子。「総統」と呼ばれた女。しかしてその実体は、身の回りの幸せ(美味しいご飯・趣味・脳内妄想など)で足るを知る小市民。十勝の観光文化検定(とかち検定)上級合格。同年生まれのハリー・ポッター氏が通うホグワーツ・スリザリン寮に組み分けされたかったゲラート・グリンデルバルド信奉者。